U-PARLの理念と取り組み
現在「育成中」のデジタルアーカイブ
U-PARLにおいては、デジタル撮影した学術資源を「アジア研究図書館デジタルコレクション」に掲載することを基盤としつつ、そこからさらに一歩踏み出したアーカイビング実践が試みられています。ここでは、そのアーカイブごとに行われている取り組みを紹介します。
「アジア研究図書館デジタルコレクション」とは
東京大学アジア研究図書館は東京大学内に散在するアジア研究関連資料を集約し、利用者がより便利にアジア研究資料にアクセスできるようにすることが目的のひとつです。しかし、貴重資料や、各部局独自のコレクションなど、容易に移動することができない資料も多数あります。アジア研究図書館デジタルコレクションはその欠を補うことができるものです。2014年に前身となる画像データベースを公開して以来、毎年東京大学各所に所蔵されるアジア研究関連資料のデジタル化公開を行ってきました。デジタルコレクションでは資料の全ページを高精細デジタル画像閲覧できるほか、ダウンロードや二次利用も可能です。収められる資料は、東京大学内全体の資料デジタル化の進行状況や、学術研究の動向、他部局からのデジタル化の要望などを考慮しつつU-PARLの特任スタッフが毎年選定しています。(荒木達雄)
▶▶▶ 「アジア研究図書館デジタルコレクション」: https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/japanese/arldc
《アーカイブ事例の紹介》
「アラビア文字写本コレクション ダイバー・コレクション」
東京大学東洋文化研究所の所蔵する「ダイバー・コレクション」は、故ハンス・ダイバー教授が収集した、複数の著者自筆本を含む貴重なアラビア文字写本群です。U-PARL主導のもと、2024年度から現代のデジタル研究環境に即した再構築プロジェクトを進めています。
本プロジェクトでは、提供者と利用者が協働して発展させる「育てるアーカイブ」を目指し、2026年度内のコレクション完全公開に向けた整備を進めています。相互運用性に優れたメタデータ設計や転写方法の改良に加え、今後はAIを活用したテキスト処理や構造化などの先進的な機能拡張も取り入れながら、アラビア文字写本研究の持続的な基盤形成を目指します。(太田絵里奈)
▶▶▶「アラビア文字写本コレクション ダイバー・コレクション」: https://daiber.u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/
「ことばのアーカイブ」の紹介
「ことばのアーカイブ」は、消滅の危機にある言語や、そのことばとともに受け継がれてきた文化・記憶を記録し、未来へつなぐためのデジタルコレクションです。世界各地の少数言語に関する音声・映像・文字資料などを収集・公開し、研究・教育に活用できる環境を整えています。ことばを人々の暮らしや歴史、物語を伝える大切な文化資源として捉え、2025年度から、資料提供者、利用者、研究者、言語話者などが協働して発展させる「育てるアーカイブ」を目指し、順次公開を進めています。(AKMATALIEVA Jakshylyk)
▶▶▶ 「ことばのアーカイブ」: https://language-in-danger.studio.site/
東北アジア学術資源コレクションとそのデジタルデータマップ構築
東京大学では戦前以来、東北アジアに関する貴重な学術資源が収集されてきました。2026年5月、U-PARLは本学の重要な東北アジア学術資源を集約するデジタルコレクション「東北アジア学術資源コレクション」を設置し、そのデジタル公開を進めています。さらに、それらの情報を視覚的に参照できるようなデータマップの構築も進めています。とくに、満洲語で書かれた清朝満洲八旗の系譜記録『八旗満洲氏族通譜』は、東北アジアの歴史的データマップ構築の根幹をなす重要な資料であることから、満洲文字を読めない利用者でも同資料を活用できるよう、大字人名や氏族名などの検索化データベースも構築しています。(中井勇人)
【画像】『八旗満洲氏族通譜』の漢文対照・検索データベース(東京大学総合図書館所蔵満文本および国立国会図書館漢文本を利用。画像はパイロット版。近日公開予定)
《構築中コレクションの紹介》
水滸伝コレクション
「東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション」のなかの1コレクション。東京大学の各部局に所蔵される中国古典長篇小説『水滸伝』関連資料を収めている。昨年度までは中国で近代以前に刊行された『水滸伝』のさまざまなバージョンを公開してきたが、今年度ははじめて、中国の本を模して江戸時代に刊行された本や、江戸時代に行われた水滸伝を読む講義の内容を反映していると思われるノートを公開した。また、稀少な本を広く読んでいただけるよう、一部の本について、画像とテキストデータを並べて閲覧でき、人名や地名をマークアップしたり、閲覧者の必要に応じて語句を検索したり、俗字・誤字を正字に置換したりできる機能を備えた「デジタル水滸伝【試行版】」の公開を開始した。(荒木達雄)
▶▶▶「水滸伝コレクション」: https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/japanese/arldc#shuihu_collection
▶▶▶「デジタル水滸伝【試行版】」: https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/japanese/digital-suiko
中央ユーラシア学術資源コレクション
「中央ユーラシア学術資源コレクション」は、中央ユーラシア研究資料の体系的なデジタル公開を目的として、2025年度に開始されたコレクションです。中央アジア、チベット・モンゴル高原、シベリア、ロシア極東、ヴォルガ・ウラル地域、コーカサスなどを対象に、言語、歴史、民族、文化、宗教、地理に関する資料をデジタル化し、順次公開しています。これまでアクセスが容易ではなかった資料を広く共有し、国内外の研究・教育に活用するとともに、中央ユーラシア研究の基盤整備と発展に寄与することを目指しています。(AKMATALIEVA Jakshylyk)
▶▶▶「中央ユーラシア学術資源コレクション」: https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/collection/centraleurasia
【画像出典】Объ Ирригаціи въ Туркестанскомъ краѣ [5WR_290_pet_01](中央ユーラシア学術資源コレクション)
U-PARLスタッフによるおすすめ資料のデジタル展示
資料デジタル化を担当するU-PARLスタッフが、公開中または準備中のデジタルアーカイブについて、研究への活用事例を挙げながらご紹介します。U-PARLでは、東京大学所蔵資料の撮影に加え、既存の画像資料を活用したデジタルアーカイブの構築・公開にも取り組んでいます。
『五事毘婆沙論口義』『阿毘達磨倶舎論([L_161762)』―秘伝のタレに継ぎ足すように書く
【画像出典】『五事毘婆沙論口義』(東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション)
【画像出典】『阿毘達磨倶舎論([L_161762)』(東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション)
現代の学術界において、論文や著作は特定の著者の責任のもとで執筆されるべきだと考えられています。そこでは先行文献からの引用は、引用として明示されなければならず、著者は自身の創意のもと新規な知見を表明しなければなりません。ですが、人類の知性の歴史においては、特定個人の創意に価値をおかない考え方がありました。少なくとも仏教研究の歴史の殆どにおいて、先人が生み出した言説を受け継ぎ、かつそこに新たな意味を読み出す注釈的思考が行われていました。『五事毘婆沙論口義』は、江戸時代末期に真宗大谷派の香月院深励がまとめた講義ノートですが、その奥書には法海から深励、さらには速満という三人の学僧に受け継がれた可能性が示唆されています。また『阿毘達磨倶舎論([L_161762)』の末尾にも、三人の学僧が書き入れを受け継いだことが記されています。これらの資料は、ウナギの蒲焼のタレのように継ぎ足し継ぎ足し発展するという、近代的学術以前の知識形成の実態を如実に伝えています。(一色大悟)
江戸のことばで『水滸伝』! ─写本『水滸伝語訳』
江戸時代の写本です。水滸伝の本文を書き写してそこに返り点、送りがななどを附した部分と、小さな文字で文の意味や文中に現れる語句の解説を記した部分とにわかれています。おそらく『水滸伝』の講義を受けたノートを清書したもので、江戸時代の人がどのように『水滸伝』を学んでいたかを知れる資料と言えますが、同時に江戸時代の人がどんなことばを使っていたのかがうかがえる資料でもあります。先生の口頭説明をノートしたものであるがゆえに、あらたまった文書ではあまり見られない話しことばがちらちら見え隠れするのでしょう。「バンミン(万民)ヲオスクイ(お救い)ナサルルヨウニネカイマス(願います)」、「信州貴谷ヲサシテユカレタ」、「コノ牧童ガチヤウド天師デゴザル」などなど…「いまのことばとあまり変わらないなあ」と思うか、「やっぱりむかしのことばだなあ」と思うかは読む人それぞれ。さあ、江戸の授業に出てみましょう。(荒木達雄)
URL:https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/collection/ce25fd8c-9b80-605c-0f18-8b95f7325af0
「インドネシヤシリーズ」(No.1, No.3)
1951年のサンフランシスコ講和会議で日本が戦後賠償を行うことが決定しましたが、当時の日本の経済難から、求償国の要求額との間には大きな隔たりがありました。さらに戦後の政情不安も重なり、賠償交渉は数年間に及びました。インドネシアに対する賠償では1956年まで議論が膠着状態に陥り、1958年に平和条約と賠償協定が署名・発行されました。ジャワ陸軍司政長官を務めていたこともある床次徳二衆議院議員は、膠着状態にあった期間にインドネシアとの交渉に関わっており、関係文書をいくつか残しています。東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター原資料部所蔵の『インドネシヤシリーズ No.1:インドネシヤ賠償問題』は、床次が1956年にインドネシアに渡航したのを契機として、賠償問題の経緯と両国の政情や経済状況をまとめた冊子です。衆議院第一議員会館の一室に設置されたインドネシヤ問題研究会が発行した非売品であると奥付に記載されていますが、当該団体や当該史料に関する情報は管見の限りほぼ残されておらず、外交史料館やアジア歴史資料センターにも登録のない貴重な史料です。巻末には、日本インドネシア協会長佐藤尚武など、インドネシアと関係する各界の重要人物からの賠償問題解決に向けたメッセージも記載されています。(菅原一花・田中あき)
〔目録番号〕床次徳二関係文書 二:Ⅸ:26
『旧清語』(yargiyan kooli ci tukiyeme tucibuhe fe manju gisun i bithe)
満洲語は、14世紀以降の東北アジアで活動したジュシェン=マンジュ人(満洲人)の用いたツングース系言語であり、それを表記する満洲文字は、清の太祖ヌルハチの命令によって、モンゴル文字をもとに創案されました。縦書きで、各行は左から右に読み進めます。系譜的には、アラム文字・ソグド文字の流れを汲むアルファベットの一種で、漢字とは全く異なる体系の文字です。本資料は、清朝初期の実録(年代記)などにみられる特殊な満洲語の古語についての解説書です。本資料は稀少な十四巻・十四冊からなる完全本であり、歴史学・言語学・人類学・宗教学など様々な学術分野での活用価値を有しています。(中井勇人)
【画像】『旧清語』(東京大学総合図書館所蔵)https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/collection/240cddc5-2fdb-097d-391a-0708f57473c1
18世紀知識人の「頭の中」を覗き見る
18世紀西アジアの知識人は、どんなことを考えていたのでしょうか?
わずか3面からなるこの資料(Daiber I, MS 32, 1123)。論理学の三段論法や世界の気候帯といった本格的な学術メモの合間に、預言者の年代計算、胎児の性別判定法、さらには「人の心を引き寄せる秘法」や味わい深い格言までが脈絡なく書き留められています。こうした一見まとまりのない「雑記帳」は、体系化された著作からは見えてこない当時の知識人の思考の軌跡や、学問知と実用知が交錯するリアルな知的世界を映し出す、貴重な資料となっています。(太田絵里奈)
【画像出典】MS Daiber I, Institute for Advanced Studies on Asia, The University of Tokyo, 32, fol.3v.(https://daiber.u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/items/1/32/3/)。画像撮影:東京大学東洋文化研究所
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(構成:高野敦子)
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